2020年08月13日

【書評・写真リンク付き!】山室寛之さんの「1988年のパ・リーグ」はここ数年で読んだ野球本では最も秀逸!・・・「南海と阪急の身売り」についてここまで核心に迫った本は初めて、伝説の「10.19」についての記述も大いに堪能しましたよ!





お盆期間中は、なるべく本を多く
読もうと毎年思っていますが、
今年はいい一冊に出会えました。

山室寛之さんの「1988年のパ・リーグ」
です。

(*コチラです。↓)




1988年という年は今から32年前で、
私が高校2年生から3年生となった
多感な時期であり、かつ、プロ野球
にこれまでにないくらいに夢中に
なった頃でもありました。

中でも、パ・リーグがおそらく、プロ
野球が始まって以来最も盛り上がった
年でもあり、今でもその頃のことは
鮮明に覚えています。

私も50歳近くになって、近年のことは
結構忘れるようになりましたが、当時の
ことはよく覚えている。

とはいえ、当時のテレビ事情を思い
起こせば、地上波では連日巨人戦は
放映されるも、パ・リーグの試合は
巨人戦がない日に西武戦がテレ朝で
19時30分から1時間半放映される
くらいで、他にNHKで土日に時折
中継される時以外ではあまり見た
記憶もありません。

でもねえ、1988年のパ・リーグは
終盤になると、首位争いが白熱しま
して、当時のパ・リーグの「盟主」に
なりつつあった西武を近鉄が追い
かけて、一時は近鉄が首位に立った。

結果的に、西武は1985年から1995年の
11年間で10回優勝。

森監督時代の1987年からの9年では8回
優勝。

今思えば、西武の黄金時代でした。

そんな「森西武」が唯一優勝できなかった
のが翌1989年でしたが、この年も近鉄との
優勝争いが最終戦までもつれましたが、
近鉄が西武とオリックスの三つ巴をなん
とか制して、優勝しました。

その序章となったのが、前年の1988年
でした。

・・・まあ、このことも山室さんの著書に
書いてありますが、この「10.19」の件に
関しては、他にもたくさん名著があります。

例えば、「近鉄ファンであるが故に、近鉄
百貨店に入社」した、後の作家の佐野正幸
さんのこの本です。↓




また、「10.19」に関しては傑作DVDも
出ています。↓




著述であれ、映像であれ、何度読んだり
見たりしても「飽き足らない」と思うのが
「10.19」の近鉄の死闘でして・・・。

ちなみに、「10.19」のことを知らない方
もいるかもしれません。

若い方はね。

簡単に言えば、「1988年10月19日のロッテ
とのダブルヘッダーで近鉄が連勝すれば、
近鉄が8年ぶりの優勝となった」試合ですが、
その説明だけでは収まりきれない。

そのダブルヘッダーの第1試合で負ければ、
近鉄の優勝はなくなるわけですが、点を
取っては取られるシーソーゲームとなり、
第1試合をなんとか手にしては、第2試合に
突入するも、最後は・・・。

あれほどの「手に汗握る」試合というのは、
私個人にとっては後にも先にも見た記憶が
ない。

当時、私は仙台に住んでいましたが、高校
から帰宅後、ずっとテレビの前にかじり
ついて「ロッテ×近鉄」戦を見ていました。

もっとも、この緊急生中継は異例だった
ことが、山室さんの著書でも明かされて
います。

中継権は大阪のABCテレビが直前に獲得
しましたが、系列のテレビ朝日も結果的
にはすべて中継するところとなりました。

まあ、この辺のテレビ局のやり取りに
ついては、是非、山室さんの本著を
読んで頂きたい。

・・・山室さんの著書で最も印象深かった
のは「10.19」のことではありません。

この年には「南海ホークスの身売り」が
あり、「10.19」で近鉄が死闘を繰り広げて
いたまさにその日に「阪急ブレーブスの
身売り」がありました。

正直、当時、私は阪急の身売りについて、
「なぜ、10.19にぶつけてきたのか!」と
憤りました。

ちなみに、「10.19」の翌日、仙台で
売られていたスポーツ紙はほとんど
「阪急身売り」が一面で、近鉄を話題
にしたのは報知新聞のみでした。

(*過去に、私が他ブログに掲載した
その時の一面の写真です。↓)

・【1988年一面コレクション132】10.19の近鉄・・・西武が一面?・・・スポーツ紙も混乱していた

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/362281655.html


阪急の身売りは衝撃的でした。

その1ヶ月ほど前に南海の身売りが
あり、それも衝撃ではありましたが、
子供心に「南海は仕方がないかも」
という思いもありました。

(*南海身売りの時の一面も他ブログで
写真付きで取り上げています。↓

・【1988年一面コレクション99】南海がダイエーに身売りした日

http://arayama-ichimen.seesaa.net/article/353855695.html?seesaa_related=category


まずは、その南海の身売りからですが、
山室さんは、西鉄ライオンズ亡き福岡の
「プロ野球球団を福岡に!」という運動
から取り上げていた点に、野球への愛を
感じました。

山室さんって、昔巨人の球団代表だった
ことを私は覚えています。

2000年の「ON対決」の時の球団代表です。

そして、著書を読めば、山室さんご自身が
かつて西鉄ライオンズの本拠地であった
平和台球場の近くに住んでいた野球少年
だった。

これこそが、山室さんの今回の著書の
真骨頂でしてね。

こういうバックグラウンドがあったから
こそ、「福岡にプロ野球を!」から取材を
始めたのであろうと思えば、私の読む
スピードも一気に加速化しましたよ。

福岡へのプロ野球球団の誘致、最初は
ロッテがターゲットであることは本著で
初めて知りました。

これはねえ、あり得ることですよ。

西鉄ライオンズの大エースだった稲尾和久
さんが当時、ロッテの監督でしたし。

しかし、何の因果か、途中からダイエーの
中内功さんが登場してくるわけですが、
これも、「雑談から始まった」ことは、
新たな発見でした。

ここまで核心に迫った本は初めてではない
ででしょうか。

阪急の身売りはもっとシビアでした。

阪急はそれ以前から身売りを考えていま
したが、「他の球団が身売りをした時点で
一気にやる」というスタンスだったこと、
これも初めて知りました。

ダイエーが南海を買収することが分かった
時点で、阪急もオリックスに身売りする
ことが決まったわけですが、これも最初は
「雑談」から始まった。

まあ、分からないものです。

あれから30年以上経ちますが、こういう
経緯で身売りがされ、でも、結果的に、
現在のパ・リーグの繁栄を見れば「いい
判断をした」というしかありません。

南海にしても、阪急にしても、関西の
電鉄会社であり、社会情勢の変化から
「全国に展開するスーパー(ダイエー)
やリース会社(オリックス)」に譲渡
した方がいいというのは、時代の要請
だったのかもしれません。

でもねえ・・・。

当時の私は寂しかったなあ。

南海はさておいても、阪急は子供の頃に
好きな球団でしたから。

その後、十数年後には近鉄も身売りの
憂き目に遭うのですが・・・。

それは本著では指摘されていませんので、
割愛します。

プロ野球ファンの皆様、お盆休みの間に
読まれてみては?



*電子書籍でも出ています! ↓



posted by あらやまはじめ at 22:23| 神奈川 ☁| 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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