2018年09月24日

先週の東京中日スポーツに掲載された「習志野 誕生秘話」記事は、実に興味深かったですね・・・地名の由来が、明治天皇が「篠原(国幹)に習え」と言ったことに因んでいること、初めて知りましたよ





久々の記事更新となりました。

先週は新聞を買っても、ほとんど
読む暇もなく、この3連休中、昨晩に
かけて、寝る前にまとめていろいろと
目を通していたのですが、最も興味
深く感じた記事はこれでした。

9月19日の東京中日スポーツの18面に
掲載された「習志野 誕生秘話」。

「習志野」と聞いて、まず高校野球を
思い出す人は多いでしょう。

私もそうです。

私は幼稚園〜小学3年生までの4年半、
今は亡き父の仕事の関係で、千葉県
市川市に住んでいました。

1975年〜1980年頃のことです。

今回の東中の記事を読んで、「なる
ほど」と思ったのは、習志野高校が
1975年の夏の甲子園で、現在は
ヤクルトの監督をしている小川淳司
さんを擁して全国制覇したという
ことです。

私が幼少の頃、習志野の話題が出ると、
母親が「高校野球で優勝したからねえ」
と言っていたのを今でも覚えています。

我が家が千葉県に移って、その年に
全国制覇したのですから、印象も
強かったのでしょうね。

さほど野球に興味のない母親に
とっても。

最近では、一昨日、2000安打を
放ったロッテの福浦和也も習志野
高校出身です。

過去には、元中日の谷沢健一さんや、
元阪神の掛布雅之さんもそうです。

名門ですよ。

(*習志野高校については、下記の
ムック本が参考になります。↓)




そんな「習志野」ですが、まさか、
その地名の由来が明治天皇に関係
しているとは思いもしませんでした。

明治6年(1873年)、明治天皇が
西郷隆盛や篠原国幹(くにもと)を
連れて、この地で近衛兵を連れて
演習を行ったそうですが、その際、
篠原の指揮ぶりを気に行った明治
天皇が「篠原を習え」と言ったことが
「習志野」という地名につながったと・・・。

こういうことは、本当に知らないよ
ねえ。

今でも、習志野には自衛隊の演習場や
駐屯地がありますが、こういう背景が
あったからこそ、なんでしょうなあ。

西郷隆盛は有名でも、篠原国幹は
よほどの歴史ファンでなければ、
ほとんど知られていないでしょう。

私も初めて知りましたが、篠原は
西南戦争で西郷と運命を共にし、
陣頭指揮を執ったというのですから、
まだまだ勉強しなければならない
ことが多いと、つくづく思います。

スポーツ紙、しかも、軍事には疎い
(?)東京新聞系列の東中でこの
ような記事が読めるとは思いも
しませんでしたが、ここ数日では
最も読み応えがありました。

時間もかかったはずですが、こう
いう記事なら大歓迎です、今後も
期待したいですね。



*篠原国幹、こちらに載っています。↓





posted by あらやまはじめ at 21:38| 神奈川 ☁| 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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