2019年05月05日

上皇ご夫妻がゆかりのテニスクラブに行かれた記事、いいじゃないですか!・・・個人的には、「皇后さま」となった雅子さまの表情が明るいのがうれしいですね、令和の時代に入って





令和の時代になってからは、当ブログでは
初の記事。

ここは、やっぱり、皇室のことを話題に
したいと思います。

先程、上皇ご夫妻(先の天皇ご夫妻ですな)
が、ゆかりのテニスクラブ行かれた記事が
ネットニュースに掲載されていました。

私はリアルタイムでは知りませんが、
上皇ご夫妻がテニスクラブで出会った
ことはもちろんニュース映像などで
知っておりまして・・・。

ご退位後、一番最初の外出がゆかりの
テニスクラブというのは、「さすが、
上皇ご夫妻!」と手放しで絶賛したい。

こういうことって、世間の老夫婦で
さえ、なかなかできることではない
ですよ。

「お見事!」としか言いようがない。

また、令和の時代に入ってから、私が
うれしくなっているのは、「皇后さま」
となった雅子さまの表情が明るいこと
です。

雅子さま・・・。

ずっと、体調不良でね。

雅子さまのことは、皇室に入る前から、
それこそ、私は高校時代からスポーツ
紙がメインではありましたが、ずっと
その動向を追ってきていました。

いや、当時のスポーツ紙での「雅子
さまフィーバー」は今思っても、
結構すごいものがありました。

「皇太子さま(当時の浩宮さま)の
お相手は小和田雅子さんだ!」とね。

実際、小和田雅子さんが皇太子さま
とご結婚されたのは、その数年後
でしたから。

その間、秋篠宮さま(当時の礼宮さま)が
先に川嶋紀子さんと結婚したりしてね。

紀子さまの結婚の時、私はアメリカに
留学する前、高卒後、掃除のバイトを
仙台でしている時でした。

掃除のバイトをしていた他のあんちゃん
たちは、かなりヤンチャな連中でしたが、
紀子さまを見て、しんみりとしていた
ことを思い出します。

「こういう女の人がそうなるんだなあ」
なんてね。

いや、ホントに、ヤンチャでどうしようも
ない(失礼!)連中でしたから。

でもねえ、そういう連中も黙らせるくらい
のインパクトはあったんですよ。

紀子さまは。

そして、その後の雅子さまもね。

あれから、ほぼ30年。

雅子さまはその20年くらいは、病気で
大変な思いをしてきました。

正直、今回、「皇后さま」として本当に
大丈夫かという声も多少なりともあった
かと思いますが、先にお伝えしたとおり、
表情も明るく、「皇后として頑張る」と
いう決意のようなものも、その毅然と
した表情からは見受けられ、私は「雅子
さま、これは大丈夫!」と、確信した
次第です。

「地位は人を作る」ということは巷間、
よく言われることです。

皇室に対して、あるいは、雅子さまに
対してそのようなことは失礼にあたる
かもしれませんが、案外、「皇后さま」に
なるということが、雅子さまにとっては、
一つのモチベーションとなり、病気は
癒えていないにしても「頑張ろう」と
いう気になったのではないでしょうか。

雅子さまは、元々民間人であり、外交官
だったキャリアウーマンでした。

これ、私が高校時代には「へえ、そう
なんだ」と軽く思っていましたが、
年齢を重ねるにつれ、雅子さまの
やっていた仕事は「こりゃ、大変だ」
と思わざるを得ない任務であることを
知った次第です。

いや、どの仕事も大変ですが、外交官
という仕事は・・・。

英語を使うだけでなく、国家間の、
下手したら「戦争」に絡むことも
やるわけです。

もちろん、総理大臣なり外務大臣がその
責務を負うわけですが、その最先端で
外交官は矢面に立つわけでしてね。

雅子さまがやってきた仕事と、実際に
皇室に入ってからの仕事のギャップも
病気が長引いた原因の一つではある
でしょう。

外交官も大変ですが、皇室の場合、
別の意味で大変でしょうから。

・・・まあ、一般人の我々には決して一生
分かることはないかと思いますが・・・。

10連休というのは、思えば、長すぎた
かもしれませんが、このような皇室の
変遷を思い出させてくれただけでも
良かったのではと、個人的には思って
います。




*愛子さまは、うちの娘と同学年です。↓



posted by あらやまはじめ at 22:42| 神奈川 ☀| 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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