2017年06月25日

【訃報】元西武、大洋の「左キラー」永射保(ながいたもつ)さんは「左のワンポイント」の先駆け、もっと評価されるべきです・・・30年前に今の日本プロ野球を予言していたかのような役割を果たしていましたよ





昨日、思わぬ訃報を聞いて、「ああ」
とため息をついてしまいました。

元西武、大洋の「左キラー」永射保
(ながいたもつ)さんですよ。

永射保という名前を聞いて、「あの
ピッチャーか」と思う人は、おそらく
私と同年代以上の世代に限られるかも
しれません。

今日の日刊スポーツを読んでいて、
私も初めて知りましたが、永射さんは
元々広島に入団していたんですねえ。

1971年に。

私が生まれた翌年。

これは私も知らない。

覚えているのは、選手名鑑で見た
1980年代前半の西武時代、そして、
80年代後半に地上波で見た「巨人×
大洋」戦での中継ぎでの活躍ぶり
です。

特に、87年〜89年頃に大洋に在籍
していた頃の永射さんはよく覚えて
います。

左のワンポイントでよく起用され
ましてね。

あの頃の大洋はめちゃくちゃ弱か
った。

特に巨人にはからきし弱く、それ
でも当時高校生だった私は地上波
での巨人戦しか見ることができま
せんでしたので、渋々ながら見て
いました。

当時住んでいた仙台の地で。

当時の巨人の左バッターでは、
3番の篠塚利夫さん、5番のクロ
マティあたりが中軸を打って
いました。

大洋がリードしていようがして
いまいが、試合の後半になると、
永射さんが登板していたのを
よく覚えています。

ということは、それなりに抑えて
いたということでしょう。

あまり、強烈な記憶はないんです
がね。

表情をあまり変えることもなく、
淡々と投げる、地味と言えば地味
なピッチャーでした。

ただ、今日の日刊スポーツにも
その写真が載っていましたが、
あのサイドスロー、というか、
アンダースローに近い投げ方は
相手からすれば相当打ちづら
かったであろうことは容易に
想像がつきます。

現在のプロ野球では、永射さんの
ような左のワンポイントは結構
いますが、考えてみれば当時は
ほとんどいなかった。

パッと思い出せるのは、広島に
いた清川栄治さんくらいじゃない
かなあ。

西武時代の永射さんについては
選手名鑑でしか知りませんが、
当時からワンポイントをしていた
とすれば、「先駆け」であること
は間違いない。

中継ぎのピッチャーという存在は
昔はもちろん、今でもそうですが、
不当に軽視される傾向にあります。

投手の分業制が成り立って久しい
ですが、抑えは評価されても、
中継ぎはなかなか評価されない。

そんな中、腐らずに中継ぎで左の
ワンポイントで投げ続けた永射
さんはもっと評価されるべきだと
思います。

私が知る限り、30年前には今の
日本プロ野球を予言していたか
のような役割を果たしていたの
ですから。

永射さん、63歳でしたか?

ちょっと早いですねえ。

晩年は福岡で居酒屋を経営して
いたそうですが・・・。

永射さんの死をきっかけに、もう
少し、「ワンポイント」への理解を
プロ野球ファンには深めてもらえ
ればと思います。

永射さんの勇姿、忘れません。

ご冥福をお祈りいたします。


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posted by あらやまはじめ at 21:31| 神奈川 ☁ | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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